2017年9月ツイッターで、ある自動車整備士のツイートが話題になりました。
勇気を出して自分の給与明細をアップしてくれたこの整備士の手取りは約12万円。このツイートに多く人々が反応しました。「人の命を守る仕事なのに少なすぎる!」という意見や「自分が辞めた時は9万ちょいだった」「同じ条件で手取り8万だった」「整備士なりたてで75000円だったから資格本買って転職した」など。
こうして低賃金を理由に辞める整備士が後を絶ちません。実際に私が自動車販売店で勤務していた頃も、多くの若い整備士が入社後5年以内に全く別の職種へ転職していきました。また高校卒業後の進学先として、自動車整備学校を志望する学生は年々減少しています。インターネットやSNS等で自動車整備士が「激務薄給」と聞いて、志望先を変更するケースも少なくないようです。
今後は世界的にEV電気自動車や自動運転技術が急速に進み、より高度な整備技術が求められるようになります。しかし肝心な整備士がいないのでは、愛車が故障した時はどうしたらいいのでしょう。頼れるクルマのプロがいないのでは安心して車に乗ることができませんよね。自動車整備士が減少しているという事実は、私たちの日常生活に関わる深刻な問題なのです。整備士の減少を喰い止めるには、一刻も早くこの低い給与体系を高水準へ移行させることが不可欠です。また賃金だけではなく、働き方改革が叫ばれるように、整備士の長時間労働についても改革していかなければなりません。今回は自動車整備士の実状に迫ります。
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これが現実、自動車整備士の悲惨な給与体系
厚生労働省の調査によると自動車整備士の平均年収は毎年380万円〜400万円程度を推移しており、月給は28万程度が相場となっています。高卒者の初任給は15万円程度、短大卒や専門卒は17万円程度です。実際の手取りは20代では月に10万円前半。自動車整備専門学校に2年間通って国家資格を取得してこの額面です。
これはあくまでも厚生労働省の発表したデータですから、地方の自動車販売店の整備士はここまで年収は高くありません。実際私が勤務していた自動車販売店の整備士は、勤続年数20年で残業を申請しなければ手取りで17万円ほどでした。
また悲しい現実もあります。それは残業代が全て支給されないのです。どういうことなのでしょうか。毎年1~3月は通常の点検整備に加えて、車検の対象台数が非常に多くなります。お客様から引き受けた車検を全て通すには残業をしないと終わりません。そうなると残業は月に100時間前後にも及びます。100時間分の残業代となるとかなりの高額になりますが、販売会社は現場の整備士に、「残業をしても、ほどほどに申請」するよう言います。残業代は人件費、高額な人件費は経営を圧迫するのです。
残業をしないと車検が終わらない→夜中の12時をまわることもある→残業をした分を正直に会社に申請する→管理者から叱責され、評価が下がる→夜の20時まで残業をしたことにして、実際には夜中まで仕事→残業代が支給されずにタダ働き。
このように長時間労働で、基本給は安い、残業も多い、残業をしてもフルに申請ができない。いくらクルマが好きでもこんな毎日では工具を放り投げたくなるでしょう。賃金が低すぎれば生活そのものも成り立ちません。せっかく自動車整備専門学校を卒業して、国家資格を取得。メーカーの正規ディーラーに就職しても、30代既婚男性で子供が二人でも手取りは10万円台。これが人の命を預かる地方整備士の現実です。彼らはどうやって生活していけばいいのでしょうか。事実、家は公営住宅、車は15年落ちの中古車、休日は家族で旅行にも行けない、という整備士は一人や二人ではありませんでした。このような現状から1日でも早く脱しなければ!そうやって退職していく整備士は跡を絶ちません。
消え行く町工場
メーカーの自動車販売店ではなく、町の至る所にある個人が経営している「町工場」や「モータース」と呼ばれる自動車修理工場。どこの町にも必ず存在する町工場は、オイル交換やストップランプの交換など、簡単な整備や修理を気軽にお願いできる場として地元の人々からは大変重宝されています。しかしその町工場の数が年々減少しているのです。
理由は、経営者の高齢化による引退、跡取り不足による閉鎖、自動車保有台数の減少による経営悪化、進化する最新の技術に腕がついていけず引退、等。
簡単な整備をお願いできる町工場が無くなってしまうと、他に頼るところはやはりメーカーの正規ディーラー。そして話が戻り、そのディーラーでは、長時間労働や低賃金、若者の整備士離れ等を理由に数が足りていないのです。
整備士不足は社会問題
このデータを見ると事業場の約半数が人手不足と感じていて、実際に業務でも10%が支障をきたしています。平成26年のデータですが、人手不足の問題は今後もますます深刻になります。このまま地元の町工場が消えて無くなり、唯一頼れる正規ディーラーでも整備士が大量退職して、新卒で整備士を目指す若者も減り続ければ、やがては点検や修理に行列待ちができるようになるでしょう。
政府は整備士の賃上げを早急に
国としてもこの問題を放置しているわけではありません。国土交通省は、平成26年4月に「自動車整備人材確保・育成推進協議会」を発足させ、活動を開始しました。整備士の休暇や作業環境、やりがいなどの労働環境全般や、待遇の改善などを目指しています。しかし実際の現場では何一つ労働環境が変わっていません。それどころか昇給昇進もなく賃金は何年も横ばい、人手不足から労働時間は増えるし休日もまともに取得できない、これが実状です。
2017年11月、政府は教育無償化など2兆円規模の政策パッケージに保育士の賃金引き上げを盛り込む方針を固めました。今後賃上げ幅などの詳細を詰め、2019年度以降の実施を目指しています。保育現場では人材不足が深刻化しており、政府は13年度から処遇改善を進めていて、2017年度は全職員の賃金を月約6000円引き上げ、経験を積んだ職員には月4万円を上乗せしました。それでも全産業平均に比べ月約10万円低い状態が続いています。
また介護職員の賃金アップにも動き出しています。安倍首相は、19年10月の消費税率10%への引き上げの増収分を財源にした2兆円政策パッケージについて、幼児教育無償化などに加え、介護職員の処遇改善を明言しました。
介護職員や保育士も人手不足が深刻な問題ですが、自動車整備士も同様です。私たちの日々の移動手段である車を整備してくれる人がいないでのあれば、この先車検を受けることもできなくなります。車検を受けなければ公道を走ることができません。さらには物流もストップする可能性もあります。ECコマースの増大で宅配量が増大していますが、その荷物を運ぶトラックの整備をおこなうのは資格をもった自動車整備士。整備不良の車両があっては荷物を届けることができません。
また大型トラックを扱える整備士も減少しています。輸送前の点検整備は必須ですが、点検整備が実施されないのであれば出発することもできません。自動車整備士は私たちの日常生活に絶対に必要な存在です。彼らの賃金アップ、労働諸条件の改善も急務なのです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回は自動車整備士が年々減少している問題についてお伝えしてきました。
①自動車販売店の整備士が低賃金と劣悪な労働時間を理由に会社を辞めていく
②地元の町工場も高齢化で続々閉鎖
③若者の整備士離れ
今後もこの流れが続けば、愛車を診てもらう整備士を探すだけでも一苦労、オイル交換一つお願いするだけでも3日待ち、このようなことにもなるでしょう。それだけ整備士は不足しているのです。
整備士を増やすには、まずは若者にクルマに興味を持ってもらわなければ始まりません。「他の全ての趣味を捨ててでもこのクルマに乗りたい!」若者にそう感じてもらえるようなクルマを一台でも多く自動車メーカーには作ってもらいたい。そう感じる若者が少しでも増えると、整備士学校に入学を希望する生徒も増えるのでしょう。